京都・祇園の性風俗の歴史

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京都・祇園といえば?

京都の祇園といえば、いまや世界的な観光地として有名です。
日本三大まつりのひとつである「祇園祭」が行われ、その期間がやく一ヶ月間もあることから祇園祭シーズンは特に絶え間なく人々が行き交います。歴史深い京都のなかでももっとも伝統があり、古き良き時代をいまも残す最高の観光スポットです。

そんな京都・祇園の歴史に興味はありませんか?

実は、この祇園は性風俗とともに発展してきた街なんです。
祇園にある花街の歴史を紐解いていくと、祇園の美しさや奥深さがもっとわかるはず。
そして、京都の風俗店を利用したくなってくるはず。

というわけで、ここからは京都・祇園の性風俗の歴史にスポットを当てて、ご紹介していきたいと思います。
現在観光におすすめの場所もお教えするので、ぜひこれからの京都観光の際にお役立てください。

花街とは?

祇園は古き良き花街が残る街。といっても、そもそも花街とはどんな街なのでしょうか?
まずは花街というのがどんな街なのかについてご紹介していきましょう。

花街(かがい・はなまち・くるわ)というのは、芸姑屋や遊女屋が集合している地域のことを指します。
現代でいえばソープ街っぽいイメージでしょうか。
現在では京都売春防止法が施行されているので遊女屋というのはなくなり、多くの花街が消滅してしまいました。京都は花街が多い地域だったのですが、京都でも10箇所ほどの花街が一気に潰れてしまっているといわれています。

ところが、祇園にある2つの花街は現在でも現役。
もちろん売春防止法のために遊女屋は営業ができませんが、現在は芸姑遊びができるお店が建ち並んでいます。伝統を守りながら営業をしているのですね。

ちなみに、花街が栄えた当時の遊女は、芸事や教養を極めた高級な存在でした。
そのため、花街で遊ぶことは一種のステータスでもあったんですよね。残念ながら現在ではそんな高級遊女を侍らせることはできませんが、京都の高級風俗店には接客やテクニックを極めた最上級の女の子がいます。歴史を味わいながら京おんなと遊ぶなんて、乙です。

京都の祇園には、花街が2つある!

京都・祇園は、京都6大花街に数えられるほどの花街が、なんと2つも現存しています。
もともとは1つの花街でしたが、あるとき分裂してからは個々に大きな発展を遂げました。

そんな祇園の花街についてご紹介してきます。
祇園の花街は、【祇園甲部】と【祇園東】があります。

【祗園甲部】
祇園甲部は、京都市東山区にある京都最大の花街です。
花街になったルーツは、なんと400年以上も前にさかのぼります。
1624年に、現在の八坂神社の前で営業をしていた水茶屋がはじまりとなって花街へと発展しました。

水茶屋が花街のはじまりとはどういうこと?となっている方も多いですよね。
実は、この時代の茶屋は「茶立女(ちゃたておんな)」という役職を設けており、この茶立女こそが遊女的なサービスを行っていたんです。もちろんお給仕も行いますが、裏ではあんなことやこんなこと……今からすると夢のようなサービスですが、これがどんどん広がって花街を形成していったんです。

でも、もちろんこれだけでどんどんと大きくなっていったわけではありません。

明治時代には東京が都として定められたことで、祇園甲部への客入りは減少し、存亡の危機に立たされてしまいます。
そんなときに、祇園を立て直すために初代京都府知事などの力によって、芸姑の地位向上や自立を目指すための「祇園甲部歌舞会」が設立されました。また、現在でも続けられている「都をどり」という舞踊公演を開始し、祇園は一躍格式の高い花街の地位を確立します。

こうした盛りたてによって大成した祇園甲部は、政治家などからも大いに愛されるような大歓楽街となったのです。

現在は花街としての規模は当時に比べ縮小してしまっていますが、重要伝統的建造物群保存地区として指定されているため、今もなお昔なつかしい伝統的な建造物が建ち並んでいます。
八坂神社や辰巳神社、中源寺など、神社や寺院などのご利益のあるスポットも付近に存在しており、観光地としての人気は衰えるところを知りません。

【祇園東】
祇園甲部は、京都市東山区花見小路四条上る東側に位置している花街。
明治初期になってから祇園甲部から独立した花街で、もともとは祇園東地区を含めた地域が巨大なひとつの花街となっていました。呼称は現在東側にあるということで祇園東と呼ばれていますが、独立当時は祇園甲部の対となる「祇園乙部」と呼ばれていたといいます。

祇園甲部と同じく明治に入ってから大いなる盛りたてによって、ハイレベルな芸姑や娼妓がいる花街となりましたが、近年は芸姑がかなりの減少を見せており、後継者がいないことが取り沙汰されています。
祇園甲部は近年でも30人を越える舞妓・芸姑が確保できていますが、祇園東はすこし出遅れてしまっているんですよね。

存続のためにもなんとか盛り返してもらいたい地域です。
しかし、現在でも「祇園をどり」という舞踊公演が開かれるなど、見どころはたくさん。ぜひ皆さんも有名で大きな祇園甲部だけではなく、祇園東にも足を運んでみてはいかがでしょうか。


いかがですか?
花街の歴史を見てから実際に足を運ぶと、感慨もひとしおですよ。

昔の舞妓は売春を行っていた?

昔の花街は、芸姑屋と娼妓屋を楽しむための街でした。
芸姑は舞妓や芸姑などの音楽や舞踊を見せてお金を稼ぐ芸人のことで、娼妓は娼婦のことを指します。
これだけを見ると、酒を飲みながら舞妓・芸姑で楽しんだあと、夜は娼妓と楽しむ、という流れを想像しますよね。

ところが、昔の舞妓は芸だけではなく春も売っていたんです。

舞妓は、芸姑になる前の段階のことで、芸姑になるためには「水揚げ」という儀式を行う必要があります。
その水揚げという儀式には、かなりの大金が必要になるのです。その大金をどこから用意するのかというと……そう、男性のパトロンですね。お金持ちの男性たちに春を売って、ようやく芸姑に昇格するというのが一般的な流れだったので、昔の舞妓は娼妓と変わらないお仕事をこなしていました。

現代の舞妓さんはそんなことはまったく行っていませんが、そんな過去を知るとちょっと燃えますよね。
かといって今の舞妓さんにそんなお願いは絶対にしないようにしてくださいね。

京都の性風俗を楽しむなら「京風」

さて、ここまで京都・祇園の性風俗についてご紹介してきましたが、この記事を見ている方の中には早速京都でエッチな京おんなとあんなことやそんなことをしたい……という方もいるのではないでしょうか。

今の京都の花街に言ってもエッチなことはできないので、その代わりといってはなんですが、京おんなとエッチなことをするなら「京風」というサイトを使っていいお店を探してみましょう。
「京風」は京都と滋賀にある風俗店の情報をたくさん掲載しています。おすすめ店が目白押しです。きっとアナタ好みの最高の京おんなに出会えることと思います。

しかも、「京風」に掲載されているお店は、「京風」の編集部が厳選に厳選を重ねた最高の優良店ばかり!極度のパネルマジックを行っていたり、詐欺まがいの営業を行っているような悪質なお店は一切ありません。優良店ばかりなので本当に安心して利用することができます。

そんな京風のおすすめポイントをちょこっとご紹介しますね。

【女の子の自撮りが見られる】
「京風」には、女の子が自分で撮影した写真を掲載している写メ日記や自撮りなどといったコンテンツが用意されています。女の子のプライベートな顔などを見ることができるので、どきどきもの。
自撮りばかりなので、プロが撮影して修正を行っているパネル写真とは違って実物に近い顔を見ることができるというのも良いポイントです。

【口コミ・体験談が見られる】
「京風」では、「京風」に掲載されているお店を利用したユーザーによる、口コミ・体験談が多数投稿されています。実際に利用した方の意見を参考に女の子を選べば、ハズレにあたることはまずありません。
また、口コミ・体験談を投稿した人には抽選で風俗店の割引クーポンが当たることもあるので、何度も京都の風俗を利用しようと思っている方はぜひクーポンを狙って口コミ・体験談を投稿してみてください。


これ以外にも「京風」にはさまざまなお店の検索機能が用意されているので、ぜひ一度ご自分の目でお確かめください。